色眼鏡を外してあるがままを見る

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仏門を開いて、来月から四度加行という修行が始まります。

(本当にクラファンご支援ありがとうございました!!!)

正直僧侶の在り方とかさっぱり分からんし (そりゃそうだまだ何も始まってないw)、何に向かってるのかよくわからけどもw

 

最終的にどうなりたいかだけは決まってて、現場で話を聞き、人に寄り添える僧侶であること。

それに必要であれば修験道にも励みます。

修験道に励むのって私は中2病だと思ってて(笑)

なんか能力開かんかなっていうとこあるのよねw

自分どこまで行けんのかな、自分高めたらどんな世界が見えるんだろうっていう自分主体な気がしてる。

そこを超えたら『我』が『無我』になるんかな。

もしかしたら「何か俺にも能力が…!」って思う中2、あながちあの感覚は間違ってないのかもな(笑)

 

山を登るということは、自然界を身体で感じることであり、全て自分の思い通りにコントロールすることは不可能なんだと体感する。

もっと大きな世界に自分を同化させ、我を残さない。

それは、パートナーシップにも通じることで、大きな世界から相手をただ見る。ただそこにいることに感謝する。

あるがままの山を受け入れるように、存在そのものを受け入れられたら素敵だなって思う。

そんな事できたら別れたりせんよなw笑

山に登るより俄然パートナーシップのが難しいと思うわけです。

山は厳しいけど人付き合いという煩わしさはない。修行が逃げにならんようにせんとね。

こないだ登った山めちゃくちゃいいとこだったなー!

 

男とはこうあるべき、彼氏とはこうあるべき、旦那とはこうあるべき、父親とはこうあるべき、という思い込みからコントロールが始まり、彼そのものの良さを失わせてしまう。

逆もしかり、

女とはこうあるべき、彼女とはこうあるべき、妻とはこうあるべき、母親とはこうあるべき、という思い込みから彼女の良さを奪ってしまっていないだろうか。

自分でその役割にハマりがんじがらめにして苦しんでいる人もいますね。

 

もっと、色眼鏡を外して、「ただ見る」ができるようになるともっと純粋な何かが見えてくる。

貴女はどんな色眼鏡をかけてこの世界を見てる?

※色眼鏡とは…偏った物の見方。先入観にとらわれた物の見方。

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